くつろぎの身体調整


自律神 経性の徴候



 くつろぎの運動学は、運動系のアンバランスを、たんに運動機能の問 題としてではなく、運動系と自律神経系が密接に連係した問題としてとらえます。
 自律神経性の緊張は、わたしたちの体表上に特有のさまざまな表情と なってあらわれています。痛覚の過敏や疼くような痛みの放散、発赤や腫脹はその代 表的なものです。
 たとえば胸焼けという症状を例にとってみましょう。
 胸焼けは、胃酸が胃の上部、噴門部の弁をこえて食道部に逆流し、胃 酸の高い酸度によって食道の内壁が炎症を起こすことによって生じます。
 この時、しばしば頚部の運動制限や痛み、鎖骨内端の圧痛、さらには 肘関節中央の痛みや手の手掌部の圧痛、肩甲骨間の胸背部の脊椎骨近傍にぴりぴりし た知覚過敏や圧痛を伴います。
 食道の内壁の炎症からくる不快感や灼熱感は、頚部の前面を下降する 迷走神経を伝わって脳に伝えられますが、しばしば迷走神経の経路にそった筋肉の緊 張や圧痛が見られます。
 迷走神経は、副交感神経を構成するもっとも主要な神経系ですが、末 端で生じた炎症は、知覚性の線維をつたって経路上に放散するような知覚や痛覚の過 敏もたらすことが分かります。
 またそれにともなって頚部の運動の制限や、手指など交感神経の支配 領域にも、腫れや知覚や痛覚の過敏を引き起こすことがわかります。
頚部動作の観察 前後・左右・回旋の動作は、水平軸・矢状軸・前額軸での回旋運動になっています。形態のアンバランス・力のアンバランスを観察する際も、同じように前後・左右・回旋の対称性の乱れの観点から把握することができます。
頚部動作の観察 回旋動作の軸が前後方向に移動してしまっている事例。ブレの起点が体幹部にある場合、肩背部にある場合、さらに左右で異なる場合など、歪みの姿をしっかりと捕捉し把握することが運動系観察の第一歩。

運動系 にあらわれる自律神経の影響



 実際に運動系を観察してみましょう。
 たとえば胸焼けを生じているひとを見てみると、頚部動作の制限や手 指・手首に見られる軽微な運動制限、眼裂や鼻孔の大きさのアンバランス、表情筋の 緊張、上腹部・上腰部の重だるさ、大腿部内転筋の緊張、スネから下肢の第2・3指間 にいたる筋肉の緊張・痛覚過敏など、個人差を持った運動系のアンバランスが広範囲 に生じてきます。
 頚部動作の制限が顕著にあらわれやすい人、歯痛や目の疲れ、頭痛な どがともないやすい人、手や肩の動作に影響のあらわれやすい人、腰が重く辛い人な ど、さまざまな個性が生じていることがわかります。
 くつろぎの観察は、各人の示す反応に応じて個別にすすめなければな りません。

運動系 という場



 大切なことは、運動系を統一的な一つの場として把握することです。 特別な事情がなければ、運動系は前後左右回旋の対称性を備えています。
 仮に対称性が崩れているとすれば、そこにどのような事情があるのか を明らかにしてゆかなければなりません。
 日常的な癖や仕事の関係もあるでしょう。頭脳系の疲労や老化がれば 全体的なト−ヌスの亢進が見られるでしょう。アルツハイマー病などの特定の脳の障 害では企図振戦が見られるでしょう。自律神経系の興奮がともなえば痛みの発生(痛 覚の過敏)が見られるでしょう。
 痛みが発生するということは、そこに十分適応しきれていないストレ ス状態が存在していることを意味します。
 仮に頚部の動作に痛み伴わなくても、別の部位、たとえば腰部に発生 する痛みが頚部の動作に伴って増大したり軽減されるケースもあります。
 このように身体各部に発生するストレスを、全身的な観点から系統立 てて観察してゆくところに、運動系という場のすぐれた特性があります。
 また手足の末端を整圧していると、頚部や腰部の運動系のアンバラン スや動作に伴う痛みが逐一に変化してゆく様子を観察できることもあります。
 運動系という場に着目して身体調整をおこなうと、身体の変化をたえ ずリアルタイムに確認できることも大きな利点です。
 心身が十分にくつろいでいるかどうか、くつろぎは増大しているのか どうか、身体均整法では、たえず相手の心身のくつろぎの状態を確認しながら調整刺 激を施すことができるのです。

脊椎骨 の観察



 実際に手で触れて脊椎骨に圧迫や押圧をくわえてみると、弾力性のあ る部位と堅くこわばった部位、逆に力がなくて反発力のない部位が、さまざまに点在 している姿が観察できます。
 わたしたちは、身体内部で生じている矛盾のあり方を、多数の反応点 の集まりとしてとらえてゆくことになります。
 時間的には、現症状に深く関係した急性のものや、永年の経過や生活 習慣によって形作られた慢性的なものが交錯して表れていることでしょう。
 原因をさぐると、行動主義心理学が指摘するような心因性のもの、老 化や血行障害から来る脳の問題に影響されたもの、消化性の潰瘍など、内臓諸器官の 不調や炎症などに影響されたもの、事故の後遺症など運動系の器質的な故障に影響さ れたものなどが複雑にからみ合って表れていることでしょう。
 しかし、このような時間的原因論的な問題は、具体的な姿としてとら えることが出来ません。
 わたしたちは、そのようなさまざまな反応を、あくまで運動系という 統一的な場の反応としてとらえてゆきます。
 くつろぎの身体調整で重要な点は、現在の状態からさらにくつろぎを 増大させてくれるような運動系のあり方はないかということを探索することです。
 ある部位に生じている筋肉の強ばり、あるいは筋力の低下、それにと もなう形の歪みが、例えば頚の向きを変えたり腕を挙げたり足を開いたりすることで、 均整がとれてこないかどうか。
 よりいっそうくつろぎを増大するような組み合わせを見い出そうとす ることで、その人の身体が求めているくつろぎの姿を明らかにしようとするのです。
頚部神経過敏の代表的投射点

くつろ ぎのポーズを読む



 脊椎骨にもっとも密着して分布する単関節筋は、筋肉のなかでもっと も深層に位置する筋肉です。
 これは脊椎骨間の単関節筋が、系統発生上もっとも新しく分化した筋 肉であることを示すものです。
 バイオメカニクスでは、直立姿勢を支えるうえでもっとも優れた筋肉 群と位置付けられています。
 姿勢保持筋としての役割は、これらの筋肉群が身体のポーズにきわめ て鋭敏に反応することを意味しています。
 一見堅く緊張しように感じられる場合でも、腰部を捻ったり、下肢を 屈曲した、体幹を屈したり、頚部の位置を変えたりといった姿勢の変化がおこると、 たえず微妙に変化しているのです。
 胸焼けを訴えるようなケースでも、頚肩部や胸背部の可動制限や痛覚 過敏がなくなるようなくつろぎのポーズを探り出すと、結果的に腹壁上部や前胸部の 不快感が同時に和らぐようなポーズになっているという相関性が見られます。
 これは、くつろぎのポーズに神経系の興奮をおさえストレスを軽減す る働きがあるからではないかと考えられます。

運動系 という場



 胸焼けは、胃の上部噴門部の問題によって発生します。
 中高年になって噴門部の弁の締まりが弛んでしまった場合、十二指腸 で胆汁や膵液による胃酸の中和が十分できない場合などに発生しやすいことが明らか にされています。
 大切なことは、このような症状が心身のトータルな働きのなかで起こっ てくるということです。
 くつろぎの身体調整は、胸焼けという症状を、たんに食道内壁に生じ た炎症という点だけでなく、運動系に投影されたその人の心身のくつろぎを読み取る ことで改善してゆこうとするところに特徴があるのです。
 くつろいだ状態とは、痛みや自律神経系の緊張が軽減し、その結果と して、運動系のバランスが自然に整ってくる状態です。
 たえず刺激−反応のパターンにそって心身のあり方を読み解き、身体 に働きかけることで、主観的な判断や特殊な理論的な前提に依拠することなく、各人 の状態に密着した安全で分かりやすい技術を構成したところに、身体均整法の特徴が あるのです。
頚部の痛みと姿勢の関係(20代の女性の例)背中をドンドンと叩くと首に響く。前頚部(甲状腺の部分)を圧迫すると硬く痛みを伴っている。頸椎5番に左に筋肉緊張があり、棘突起の変位がある。頚部の動作にも違和感がある。同側の前腕部にも強い圧痛を認める。左のポーズをとると前腕の圧痛、前頚部の圧迫痛が軽減することを確認。このしせいもまま、左足甲の部分に発生した圧痛部位を整圧し鎮痛する。硬かった前頚部が柔らかく不快感は消失、頚部動作・前腕部の不快感もなくなり、背中を叩いても、首に響かなくなった。


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